蝶のあるグループの分布を見ていると、時々不可解な分布をしているグループがあることに気が付きます。ジャコウアゲハの仲間はウマノスズクサの仲間を食草として、アルカロイドなどその植物の毒性のある成分を体内に蓄えておくことで、鳥などの捕食者から身を守っています。毒を持っていることをアピールする為に、多くの種類は体や翅に赤いや黄色の警戒色があります。
ウマノスズクサの分布は主に熱帯地区で、寒冷地区を除くほぼ世界中に分布しています。一方、ジャコウアゲハの分布は東南アジアからインドにかけてのユーラシア大陸南部、東南アジアからオーストラリア北部、北アメリカ南部から南アメリカ、マダガスカル島と分布が限られています。特に、熱帯アフリカには一種類も分布していないのは大変不思議な分布です。
そこで大陸移動説にその原因を想像してみることにしましょう。
まず、アフリカ大陸にジャコウアゲハ類が生息していない理由として考えられるのは、ジャコウアゲハの祖先が地球上に生まれたとき、アフリカ大陸は既にその場所から離れていた、ということです。
蝶が地球に現れたのはおよそ2億年前と考えられています。2億年前の地球は下の図の様だったと考えられています。
▲約2億年前の地球(Ron Blakey, NAU Geologyより)
2億年前、地球は北の方に現在のユーラシア大陸となるローレシア大陸、そして北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、アフリカ大陸、インド、南極、オーストラリア大陸がくっついているゴンドワナ大陸の2つの大きな大陸に分かれ始めていました。これらの大陸の動きをよく理解する為には大陸移動説のページのアニメーションをよく見てください。
地球は過去暖かくなったり、寒くなったりを繰り返しています。寒くて北極と南極に氷がある時代は「氷河期」と呼ばれ、寒さの厳しい氷河期は地球のほとんど(赤道まで)が氷に覆われていたと考えられています。寒さが厳しい氷河期では、大量に生物が絶滅しています。一方暖かい時は地球上に氷がほとんど無い状態にあったと考えられています。蝶たちはそのような暖かい時期に発生し、発展したと考えられています。
さて、2億年前のゴンドワナ大陸でジャコウアゲハの祖先が誕生していたなら、アフリカ大陸にもジャコウアゲハは分布しているはずです。それとも、最初はいたのが途中で絶滅してしまったのでしょうか?それは、今も他の蝶たちが沢山アフリカ大陸に分布していることを考えると可能性は低いでしょう。ということは、ジャコウアゲハの仲間は、アフリカ大陸が他の大陸と離れている時になってから誕生したと考えられます。
それでは、もう少し時間を進めて見ましょう。
▲1億5千万年前の地球(Ron Blakey, NAU Geologyより)
1億5千年前、アフリカ大陸と南アメリカ大陸の分裂が始まりました。ジャコウアゲハの分布から考えると、この頃にジャコウアゲハの祖先が誕生し、発展していったと考えるのがつじつまが合うと思います。上の図の下にある大きな大陸で発展を遂げ、おそらくまだくっついていた南アメリカ大陸の南端から分布が広まり始めたのかもしれません(上の図はあくまでも想像の域を出ないので、多少地形が違う可能性は大いにあります)。アフリカ大陸の分裂にジャコウアゲハたちの分布拡大が追いつかず、アフリカ大陸に「乗り損ねてしまった」と考える事が出来ます。
▲約1億年前の地球(Ron Blakey, NAU Geologyより)
1億年前になると、南アメリカ大陸とアフリカ大陸はかなり離れています。この時南アメリカ大陸の南端が南極大陸に近づいているので、この時にジャコウアゲハの祖先が南アメリカ大陸に飛び乗った、ということも考えられます。であれば、これら想像の地図が正しければ、大まかに言ってジャコウアゲハの祖先の誕生は1億~1億5千万年前と考えて良いかも知れません。
また、このころ、インドとマダガスカル島が北に向かって南極大陸から離れ始めました。この時にマダガスカルジャコウアゲハの祖先は他のジャコウアゲハの仲間と離れて独自の進化を遂げることになります。ちなみにこの考え方でいくと、南極大陸にもジャコウアゲハの祖先は生息したと考えられ、もしかするとそのような化石が南極大陸から見つかる時が来るかもしれません。
そして、東側ではオーストラリア大陸も南極大陸から離れ始めます。
▲約6千5百万年前の地球(Ron Blakey, NAU Geologyより)
6千5百万年前、現在の地球に大分似てきました。この頃のジャコウアゲハの進展は次の様なことが考えられます。
南アメリカ大陸では現在見られる南米のジャコウアゲハたちが大発展を遂げていたでしょう。インドではベニモンアゲハの仲間が発展していた可能性があります。オーストラリア大陸ではトリバネアゲハ達が発展を遂げます。ユーラシア、北アメリカにジャコウアゲハたちはまだ分布していません。
▲約2千万年前の地球(Ron Blakey, NAU Geologyより)
2千万年前、いよいよインドがユーラシア大陸に衝突しました。ベニモンアゲハの仲間がインドから東南アジアへ分布を広げていきます。オーストラリアもやがて東南アジアに接近し、トリバネアゲハの仲間が分布を広げていきます。南米からはアオジャコウアゲハの仲間が北上し、一部が北アメリカに到達します。
どうでしょうか?現在のトリバネアゲハの分布から色々な想像が出来ますね。ただし、これはこの地図を見て想像した世界の話です。これから科学がますます発達し、より正確な昔の地図が作成可能になり、化石などを沢山集めて研究することで、更に正確な蝶たちの歴史がわかってきます。
各大陸で見られるジャコウアゲハの仲間たち
◇東南アジアで発展する仲間
セジロアケボノアゲハ
ジャコウアゲハ
日本のジャコウアゲハは東南アジアから来た種類かもしれません。
◇南アメリカで発展する仲間
ジャコウアゲハに模様が似ているナンベイジャコウアゲハ
南アメリカ大陸で大発展を遂げているマエモンジャコウアゲハの仲間
中南米で発展しているアオジャコウアゲハの仲間
北米の唯一の種、アオジャコウアゲハは中米から北上してきた種?
オナシキオビジャコウアゲハは南米の中ででちょっと変わっている種
◇オーストラリア区の仲間
原始的特長を持つウスバジャコウアゲハ。翅の形がオナシキオビジャコウアゲハに似ている?
コウトウキシタアゲハ
メガネトリバネアゲハ
ゴライアストリバネアゲハ
トリバネアゲハ類はパプアニューギニアを中心に大発展している
◇マダガスカル唯一のジャコウアゲハ
アンテノールジャコウアゲハ
◇インドのジャコウアゲハ
なんとな~く、アンテノールジャコウアゲハに似ている、ヘクトールベニモンアゲハ