ゲニタリアの解剖方法について
ここで紹介するのは私が本や他の人から学んだ方法です。展翅のように、「これが正しいやり方だ」というのは無い様ですので、これを参考に皆さんもいろいろな方法を試してみてください。
ゲニタリアの解剖とは、蝶のオスの腹部先端にあるゲニタリアを骨と膜だけ残した状態にすることです。この処理により、ゲニタリアの特徴が分かりやすくなります。
必要な道具と薬品
ゲニタリアの解剖については、次の道具や薬品をそろえます。
1.道具
・実態顕微鏡
実態顕微鏡の倍率は20倍から60倍くらいあれば大丈夫です。アゲハチョウの様に大きな蝶のゲニタリアの場合、あまり倍率が高いと全体が見えなくなってしまい、かえって使いにくくなります。アゲハチョウの場合、20倍でちょうど良いくらいです。逆に小さなシジミチョウなどの場合は、高めの倍率があるほうがいいです。
また、できれば上の写真の実態顕微鏡の様に、ライト付きのものがいいです。
普通の顕微鏡でも使うことが可能ですが、顕微鏡だと見ている像がさかさまに見えるので、細かい作業をする時に大変むずかしくなります(右に動かすと、像が左に動きます)。最近実態顕微鏡は大分安くなりましたので、買われることをお勧めします。
・ピンセット
これは専門店などで扱っている、先の鋭いピンセットを最低2つ用意します。文具店などで売られているピンセットは先が尖っておらず、解剖には大変使いにくいです。
・ブラシ(筆)
出来るだけ合成毛で出来た小さな筆を選びます。動物の毛などを使用した筆は、苛性カリによって溶けてしまう事があります。
・針
昆虫針やまち針などが使えます。私は昆虫針の頭をかなづちでつぶした、「ミニへら」を爪楊枝に付けて使用しています。
・皿、またはシャーレ
蝶の腹部を溶かすときや、解剖するときに使います。プラスチック製のシャーレが安く手に入ります。
・ゲニタリア・チューブ
ゲニタリアを保存するのに使います。
2.薬品
・苛性カリ(水酸化カリウム)
筋肉などを溶かすのに使用します。
苛性カリは、大変危険な薬品ですので、取り扱いには十分注意して下さい。苛性カリは「毒」ですし、肌に触れると重度のやけどをし、病院での緊急手当てが必要になります。ましてや目や口に入ると大変です。溶液はカーペットやカーテンにも穴を開けます。薬品の注意書きをよく読んで、使用してください。
・グリセリン
解剖が終わったゲニタリアを保存するときに使用します。
解剖の手順(オスの場合)
1.標本を選び、腹部を切ります。
まずは、解剖する標本を準備します。最初はボロボロの標本などで練習するのが良いでしょう。オスの腹部先端をニッパなどで切ります。種類によってはゲニタリアが胸部のほうまで延びていることがあります。腹部切断に慣れていなかったり、あまり知らない蝶であれば、腹部全体を胴体から切り離します。また、メスの場合も腹部全体を切り離すようにします。腹部全体を切り離す場合は、指で腹部を上に押し上げると折れて、胸部から切り離せます。今回のアゲハチョウ(クレスフォンテスタスキアゲハ)のオスはゲニタリアが第8腹節以降にあるので、第6~7腹節あたりから切り落とします。
2.シャーレに折りたたんだティッシュやトイレットペーパーを入れ、その上に切り落とした腹部、そして苛性カリ(ここではフレーク状の苛性カリを使用しています)を乗せます。苛性カリの量は大まかでかまいませんが、最後に約10%の溶液を作ることを目安にします。
3.ティッシュを折りたたんで、腹部と苛性カリを包み、水をそっとかけます。この時一緒に苛性カリを扱ったピンセットも水で洗っておきます。腹部と苛性カリを折りたたんだティッシュに入れるのは、苛性カリが水に反応して熱を発し、飛び散る可能性があるからです。水をかけたらシャーレに蓋をして、ラベルをつけておきます。特に複数のゲニタリアを解剖するときは間違えないように気をつけましょう。今回はラベルをシャーレの蓋に直接書いています。
4.およそ8時間たつと、筋肉が溶けた状態になります(大体夜に漬けて、翌朝以降であれば大丈夫です)。急いでいる時はビーカーに10%の苛性カリの溶液と腹部を入れ、煮る事で数分で解剖が出来る状態になります。この時は吹きこぼれない様、十分注意が必要です。
準備が出来た腹部を、水の入ったシャーレにそっと移します。ここで使用する水は、ミネラルウォーターや一度沸騰させた水、もしくはボトルなどに一日入れておいた水道水などを使います。水道水を直接使うと、ゲニタリアのあちこちに気泡ができてしまいます。また、水にアルコールを少し混ぜておくと、水の表面張力が少なくなり、作業がしやすくなります。苛性カリ溶液が入ったシャーレは蓋をして、安全な場所においておきましょう。
5.ここから先は水の中で作業します。腹部先端は最初はこんな感じで、毛むくじゃらの状態です。
6.これを針やピンセットの先などでこすり、毛や鱗粉を落とします。毛を削ぎ落とす時は、ゲニタリアを傷つけないように気をつけましょう。あまり力を入れると、骨(茶色い部分)が裂けてしまったりします。ここではミニへらを使って、ひげを剃る様に毛を取っています(ミニへらは昆虫針の頭をかなづちで平らにして、砥石で研いだものです)。取り終わると、右の写真の様な状態になります。
7.今度は腹部内部に残っている脂肪や筋肉を取り出します。まずは軽く取る程度で大丈夫です。ここでは2つの管があることを頭においておきましょう。一つは腸と、もう一つは射精管です。腸は肛門につながっていますので、あまり引っ張らない様に気をつけましょう。射精管はエデアグスにつながっていますので、エデアグスを傷つけない程度に残しておきます。大体とれたら、今度は第8腹節以降を切り離します。2つのピンセット等を使って、丁寧に切り離します。
8.こんどはもう少し丁寧に中の筋肉などを取り除きます。ブラシなどで細かいクズなどを取るときれいになります。
9.きれいになったゲニタリアをいろいろな角度から観察しましょう。全体像が把握できたら、ゲニタリアのページにあるように少しずつ分解していき、写真に撮ったり、図にしたりして記録を残します。
10.観察し終わったゲニタリアはゲニタリア・チューブなどに保管しておくと、また後で観察することができます。ゲニタリア・チューブにグリセリンを入れて、ゲニタリアを入れます。蓋を閉めるときは、針などを横に入れて中の空気を逃してやる必要があります。これをしないと、中の圧力が上がり、蓋がまた押し出されてしまいます。
11.しっかり蓋が出来たら、念のためチューブにラベルを書き、ゲニタリア様のラベルも用意しておきます。
12.最後に標本の下にゲニタリアを差して、保管しておきます。ちなみにこの標本は博物館にあったものですが、ゲニタリアを確認することで、同定が間違っていた事が分かりました。
最後の処理
解剖が終わったら、薬品を処理する必要があります。苛性カリの溶液は大変強いアルカリ性ですから、酸で中和したほうが良いでしょう。お酢などをそっと苛性カリ溶液と同じ量くらいかけてから処分します。