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ゲニタリアについて

■蝶のオスの交尾器、ゲニタリアは蝶の腹部先端に見られる複雑な器官です。ここのページではゲニタリアの基礎知識とその各パーツの働きなどについて解説します。ゲニタリアの解剖方法については、ゲニタリアの解剖方法のページを参照にしてください。


腹部の先にあるゲニタリア

蝶の体の中でも重要なパーツのひとつであるオスのゲニタリアですが、その器官は普通鱗粉や毛で覆われていて、見えにくいパーツです。蝶の文献などを見ていると、よくゲニタリアの写真などが出てきますが、ゲニタリアの基礎知識がないと、どこがどうなっているのか分かりにくいと思います。ゲニタリアは種類によって特徴が現れ、種を見分けるのに便利である一方、科や属等によって大きくその構造が変わりますので、慣れるにはある程度実物を解剖したりすることが必要となります。ゲニタリアの解剖方法については、ゲニタリアの解剖方法のページを参照してください。

ここでは、まずはキアゲハを例に、ゲニタリアを見てみましょう。

まずは、腹部のページで見たキアゲハのオスの腹部を見てみましょう。この写真の腹部はすでに鱗粉が取り除いてあります。赤い丸で囲ってある、第8腹節から先にゲニタリアがあります。

ゲニタリアの場所
▲キアゲハの腹部にあるゲニタリアの場所

第8腹節から先を切り取って、中にある筋肉などを取り除くと、下の写真のような状態になります。

キアゲハのゲニタリア
▲キアゲハのゲニタリア

ちょっと分かりにくいですね。腹部の先にある大きな節はバルバ(valva)と呼びます。これは左右に一つずつあります。バルバは交尾をするときにメスの腹部をはさんでつかむ役割があります。後ろから見た状態で、バルバを開いてみましょう。バルバを左右に開くと、下の写真の様になります。

キアゲハのゲニタリア
▲後ろから見てバルバを開いたところ

今度は左側のバルバ(上の写真の左側のバルバ)を切りはずして、左側から見てみましょう。

キアゲハのゲニタリア(左)
▲左のバルバを切りはずして、左から見たところ。

まだ複雑で少し分かりにくいですね。でも、これからの解説を読んでから、もう一度上の写真を見ると、その構造が見えてきますので、もう少しがんばって読み進んで下さい。

それでは、もう少し一つ一つのパーツを詳しく見ていきましょう。まずは、取り除いたバルバですが、座布団のような厚みのある構造となっています。バルバは種類によっていろいろな形になるので、その部位は細かく名前がついています。キアゲハのバルバで目立つのは、内側にあるハルペ(harpe)と呼ばれる突起のような構造で、ノコギリの歯の様になっています。バルバの上側の基部の方はコスタ(costa)、そして先はアンプラ(ampulla)といいます。下側は基部の方がサックルス(sacculus)です。真ん中の薄い膜の様になっているところをアネリフェル(annelifer)と呼びます。

キアゲハのバルバ
▲キアゲハのバルバ

第8腹節を見てみましょう。第8腹節をはずすと、下の写真の様になります。

キアゲハのゲニタリア(第8節)キアゲハのゲニタリア(第9節と10節)
▲上の写真の状態から、第8腹節(左)を切り離したところ

第8腹節は背中側にはお尻の先に向かって伸びている突起があります。これはスーパーウンクス(superuncus)と呼ばれるものです。スーパーウンクスは、アゲハチョウやシロチョウ、テングチョウなどの仲間の一部にしか見られない突起です。スーパーウンクスはメスと交尾した時に、メスの腹部先端にはまるようになっています。

さて、今度は上の写真のゲニタリアの右側のバルバも切りはずしてみましょう。

キアゲハのゲニタリア  キアゲハのゲニタリア
▲両方のバルバを切りはずしたところ(左)とこれを斜め左上後ろから見たところ(右)

残されているのは、第9腹節と第10腹節です。第9腹節は幅がほとんどなく、背板と腹板がつながって輪ゴムみたいになっています。この輪ゴムの様な第9腹節の上の背板のほうをテグメン(tegumen)と呼び、腹板のほうをヴィンクルム(vinculum)と呼びます。そして、ヴィンクルムの一番下にあり、胸部のほうへ伸びて膨らんでいる部分をサックス(saccus)と呼びます。テグメンの後ろのほうにまた複雑な突起が出ています。これはウンクス(uncus)と呼ばれる部分で、実はこれが第10腹節の背板なのです。ウンクスの下に薄い膜が突き出ていますが、これが肛門(こうもん)です。

第9腹節の真ん中に管みたいなものが貫通しています。これはエデアグス(aedeagus)と呼ばれる部分で、交尾したときメスに精子を渡すときに使います。エデアグスの下には、これを支えるユクスタ(juxta)と呼ばれる硬い板(骨)があります。エデアグスを取り除くと、下の写真の様になります。

キアゲハのゲニタリアエデアグス
▲第8節とバルバ、及びエデアグス(右)を取り除いた状態
左から(左)、後ろから(中)からみたところ

少し、キアゲハのゲニタリアのつくりが分かりましたか?実際に描かれているキアゲハのゲニタリアの図を見てみましょう。

キアゲハのゲニタリア図
▲キアゲハのゲニタリア図(川副・若林, 1976より引用)

何が描かれているのか、分かりますか?ちなみに「D」とあるのは、ウンクスを上から見た図です。

科や属によって異なるゲニタリア

しくみが少し分かってきたところですが、ゲニタリアは科や属によって大きく異なることがあります。たとえば、ヒメアカタテハのゲニタリアを見てみましょう。

ヒメアカタテハのゲニタリア
▲ヒメアカタテハのゲニタリアを左のバルバを取り除いて、横(左側から)から見たところ

どうですか?ぜんぜん違いますね。でも、基本のつくりは同じですから、よく見るとバルバやウンクス、エデアグスがあるのが分かりますか?ヒメアカタテハを含むタテハチョウの仲間はスーパーウンクスはありません。また、ヒメアカタテハのゲニタリアは、第8腹節の内側にあるため、キアゲハの様にバルバは外から見えません。

今度はシジミチョウを見てみましょう。

アクモンヒメシジミのゲニタリア
▲アクモンヒメシジミのゲニタリア

このシジミチョウの場合は、エデアグスが上の方にあり、ユクスタはとても細長いV字型をしています。また、バルバは根元で左右くっついています。このようにゲニタリアは様々な形をしています。

ゲニタリアによる分類の事例

では、実際にゲニタリアが活用された例を見てみましょう。下の写真はアメリカ大陸に生息するタスキアゲハの仲間です。左は北アメリカ南部から南アメリカ北部に生息するタスキアゲハ(Papilio thoas autocles)、右は北アメリカから中央アメリカまで生息するクレスフォンテスタスキアゲハ(Papilio cresphontes)です。

タスキアゲハクレスフォンテスタスキアゲハ
▲タスキアゲハ(左)とクレスフォンテスタスキアゲハ(右)

この2種について、研究者の間では様々な議論がありました。まず、翅の模様ですが、個体変異があり、簡単にこの2種を見分ける特徴がありません。そのため、一部の学者はクレスフォンテスタスキアゲハをタスキアゲハの亜種と扱ったり、クレスフォンテスタスキアゲハはタスキアゲハそのもので、存在しないといった研究者もいました。

1906年、ロスチャイルドらは、2種のタスキアゲハのゲニタリアの構造が、下の写真の様に、まったく違うことを確認して、2種が別種であることを証明しました。また、一部の地域ではこの2種が同じ場所に存在し、それぞれ混ざることなく存在することも確認されました。この様に、翅の模様だけでなく、ゲニタリアによる分類は重要な役割を果たすことがあります。

タスキアゲハのゲニタリア
▲タスキアゲハ(左)とクレスフォンテスタスキアゲハ(右)のゲニタリア。
上段は 左バルバをはずして横(左側)から見たところ。下段はバルバを内側から見たところ。


参考文献
Rothchild, W., Ernst Hartert and K. Jordan. 1906. Novitat. Zool. 13(3): 562-566.
Scott, James A.. 1986. The Butterflies of North America, a natural history and field guide. Stanford; Stanford University Press.本の情報のページへ
川副昭人・若林守男. 1976. 原色日本蝶類図鑑. 大阪; 保育社

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