■関東地方、特に神奈川県を中心にアカボシゴマダラという蝶が頻繁に見られるようになりました。図鑑であまり見かけないこの蝶は、中国から人為的に持ち込まれた蝶と考えられています。
アカボシゴマダラ(Hestinus assimilis )は日本では奄美大島以南に分布している南方の蝶ですが、最近神奈川県を中心とした関東地方でアカボシゴマダラが観察された報告を聞くようになりました。このアカボシゴマダラはいったいどこから来たのでしょうか?
関東地方と奄美大島のアカボシゴマダラ
関東地方で見られるアカボシゴマダラをよく見てみると、奄美大島に生息しているアカボシゴマダラとは少し翅の模様が違っています。奄美大島のアカボシゴマダラは、後翅の赤い紋が発達していて、丸い輪の様になっています。一方、神奈川県で見つかるアカボシゴマダラはこの赤い紋の発達が悪く、丸い輪にはなっていません。
▲奄美大島のアカボシゴマダラ(左)と神奈川県のアカボシゴマダラ(右)
どちらもメス。
また、関東地方のアカボシゴマダラは春になると、白化型という翅の模様が白っぽくなった個体が現れます。この様な白化型は奄美大島のアカボシゴマダラには見られません。
▲春に表れる白化型のアカボシゴマダラ(左:オス、右:メス)
この様なことから、神奈川県のアカボシゴマダラは奄美大島のアカボシゴマダラでは無い事が分かります。
関東地方のアカボシゴマダラはどこのアカボシゴマダラなのか
それでは、関東地方のアカボシゴマダラは、どこからやってきたのでしょうか?上の例を見て分かるように、アカボシゴマダラは分布している地域によって独特の特徴があります。この様に同じ種類でも、地域によって翅の模様などが違う場合、それぞれの地域の蝶を「亜種(あしゅ)」に分ける事があります。アカボシゴマダラの場合は、現在次の3つの亜種がいます。
- assimilis亜種: 中国南部、香港に分布。
- shirakii亜種: 奄美大島に分布。
- formasana亜種: 台湾に分布。
上で説明した通り、関東地方のアカボシゴマダラは奄美大島などに分布するshirakii亜種ではありません。となると、assimilis亜種か、formosana亜種ということになります。台湾のアカボシゴマダラと神奈川県のアカボシゴマダラを比べてみましょう。
▲台湾のアカボシゴマダラ(左)と神奈川県のアカボシゴマダラ(右)
後翅の赤い紋の周りの模様などをよく見ると、翅の模様が違うことが分かります。つまり、神奈川県で発生しているアカボシゴマダラは最後に残されたassimilis亜種ということが分かります。この事はDNAの解析でも確認することができます。
▲中国のアカボシゴマダラ(左)と神奈川県のアカボシゴマダラ(右)
アカボシゴマダラはどうやって関東地方に来たのか
中国のアカボシゴマダラはどうやって関東地方にやってきたのでしょうか。日本国外の蝶が日本に到達する方法は主に次の3つになります。
1.台風によって南方から飛ばされてきた。日本には沖縄などで台湾やフィリピンなどの蝶がよく見つかります。これを迷蝶(めいちょう)といいます。関東のアカボシゴマダラが中国大陸から台風で飛ばされてやってきたとは考えられません。
2.渡りなど飛んできた。ある種の蝶が大発生した時などに、蝶はそこから遠くへ移動することがあります。北海道で発生しているオオモンシロチョウなどはこの様な経緯で大陸から北海道に飛んできたと考えられています。関東のアカボシゴマダラの場合、この方法で来たとは考えられません。
3.人によって持ち込まれた。1990年頃、中国から生きたままアカボシゴマダラが日本国内に持ち込まれ(これは輸入許可がなければ違法です)、愛好家の間で飼育されていたことがあります。このアカボシゴマダラが野外に逃げたり、故意に外に放たれたりして増えたという可能性が最も高いとされています。関東のアカボシゴマダラは1995年埼玉県浦和市で最初に発見されました。時期的にもちょうど合うわけです。
関東地方のアカボシゴマダラが日本の蝶に与える影響
関東地方で発生しているアカボシゴマダラは現在の環境にどのような影響を与えるのでしょうか?考えられる問題は(1)在来種であるゴマダラチョウと同じエノキを食草とするので、競合する可能性がある。(2)ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの雑種が出来ることが確認されているので、野外でもそのような事が起こる可能性がある。などあります。
この様に、関東地方のアカボシゴマダラは人為的に持ち込まれた、問題を抱えた種と言えます。