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蛹の体

■蛹(さなぎ)は成虫になるための準備期間。十分な食物を摂った幼虫は、体を成熟させ相手を捜して子孫を残す「成虫」になるために、体の中で大工事を始めます。この期間は大幅な体の構造の変更をするため、蛹という一見死んでいるような体に変身をします。


蛹になるための準備:前蛹(ぜんよう)

大きくなった幼虫はある日、エサを食べることをやめて、体の中に未消化の食べ物が残らないよう、最後の糞をした後、蛹になるための準備を始めます。種類によっては、体の色が突然変化するものもいます。


▲蛹になる前の日に、体が赤くなるミナミミドリコツバメ(Callophrys dumetorum dumetorum

しばらくうろうろして、ようやく落ち着いた幼虫は、まずその枝などに糸を丁寧に吐いて、その後お尻をくっつける、糸座(いとざ)とよばれるものを作ります。その後幼虫は180度回転し、お尻にある腹脚を糸座にくっつけ、今度は帯糸(たいし)と呼ばれる、ベルトのようなものを作ります。帯糸はアゲハチョウやシロチョウなどの仲間が作るもので、タテハチョウなど蛹が逆さになる種類はこれを作りません。幼虫はまず枝に糸を丁寧に絡めつけ、その後大きく体を回して、糸で輪を作ります。アメリカキアゲハの場合、この糸の輪を前脚と中脚の間に持ち、何度も何度も右に左に糸を枝に絡めては輪を作り、また枝に糸を絡めては輪を作り、帯糸を太くて丈夫なものに仕上げていきます。帯糸を何回重ねるかは種類によって違ってきます。

さて、何とか満足のいく帯糸が出来た幼虫は、最後にリンボーダンスのごとく、体をのけぞらせて輪をくぐり、最後に輪に寄りかかるようにして、ようやく落ち着きます。

 帯糸を張っている幼虫の動画(MPEG)です → spinning.mpg
 


▲帯糸を作っている、アメリカキアゲハの幼虫

体も縮こまって、「死んでしまったかな?」と思うのですが、これは幼虫が蛹になるための準備を始める前蛹(ぜんよう)という状態なのです。蛹の間、蝶は食べることも糞をすることもできません。成虫になるまでの栄養と水分を十分に補給してから蛹になります。前蛹の期間は蝶の種類や環境によりますが、1~3日くらいです。この時、蝶の体の中で成虫の体になるための大変化が起きています。


▲枝に止まりじっとしているアメリカキアゲハの前蛹

幼虫から蛹へ:蛹化(ようか)

蛹になるための場所を見つけた幼虫は、しばらく前蛹という期間を経て、幼虫から蛹へと最後の脱皮をします。これを蛹化(ようか)といいます。最後の幼虫の皮を脱ぎ捨てて、新たに蛹へと体が大きく変化します。

蝶の蛹は帯蛹(たいよう)垂蛹(すいよう)という2つの形態があります。

帯蛹は腹部先端を枝や葉につけ、胸部に帯糸と呼ばれる糸を胸部にかけて頭を上にしています。主にアゲハチョウ、シロチョウ、シジミチョウ、セセリチョウなど、成虫の脚が6本みられる仲間に見られます。
アゲハチョウ科の場合、帯糸は後胸にかけられ、更に背中側の帯糸は体にくっついてしまいます。そのため、片方の帯糸が切れても、もう片方の帯糸がくっついていれば、蛹が落ちることがありません。

 
▲クロアゲハ(左)とアオスジアゲハ(右)の蛹。
 
▲ハーフォードモンキチョウ(左)とヘリグログンジョウシジミ(右)の蛹。

▲ハイイロセセリの蛹。

垂蛹(すいよう)は腹部だけ葉などにつけて、頭を下にした蛹です。タテハチョウ、マダラチョウ、ジャノメチョウなど成虫の時に4本足に見える(実際は前脚が特殊化した)タテハチョウ科のなかまに見られます。

 
▲ルリタテハ(左)とキベリタテハ(右)の蛹。

▲オオカバマダラの蛹。

垂蛹(すいよう)の準備

上にあるように、タテハチョウの仲間はアゲハチョウなどとちがって、おしりからぶら下がって蛹になります。これらの蝶も、蛹になる前にはまず糸座をつくるところからスタートします。そして糸座が出来上がった後、腹端にある腹脚をしっかり糸座に固定させて、ぶら下がります。この時幼虫の体は「J」の字の様になるので、英語ではこの状態を「Jハング」と呼んでいます。


▲Jハング状態のアメリカニセヒョウモンモドキの前蛹

Jハングした状態が1~3日続いた後、いよいよ最後の脱皮が始まります。準備ができた幼虫はまず腹部を前から後ろへ順に膨らませて、皮を腹端に引っ張っていきます。そして最後に頭の後、背中側の皮が裂けます。その後も幼虫はどんどん皮を腹端へ引っ張って脱いでいきます。


▲幼虫の皮をほぼ脱ぎ切った状態

皮を脱ぎ切った蛹は、今度は腹部先端にある糸座にくっつける部分を皮から外に出します。この時、蛹は枝から落ちないように、腹部にある突起を利用して、幼虫の皮にしがみつきます。具体的にどのようにしがみついているのかは、まだよくわかっていません。突起が二つあるという事は、皮を突起で挟んでいる可能性が考えられます。


▲体をくねらせて、腹部の先端を外に出します。


▲やっとでた腹部先端。この時、腹部の突起で幼虫の皮にしがみついています。

腹部の先端が出た蛹は、こんどはそれを左右に動かしながら糸座になすりつけます。そうすることによって、糸座の糸が腹部先端にあるマジックテープの様なフックに絡みついていきます。


▲腹部先端に絡みはじめた糸座の糸。蛹はこの部分を左右に動かして糸をからめとっていく。

ある程度糸が絡みついた時点で、蛹は幼虫の皮から突起を放して、くるくると回り始めます。こうすることによって、糸がどんどん腹部先端に絡んで、最後に先端がしっかりと糸座にくっつきます。この時に大抵幼虫の皮は下に落ちます。


▲幼虫の皮を放して、からだを回転させます。


▲幼虫の皮が落ち、糸座に固定できたので、乾くのを待ちます。
赤い矢印のところに、幼虫の皮にしがみついていた突起が見えます。


▲乾燥後。突起が見えます。

昆虫の蛹には裸蛹(らよう)被蛹(ひよう)囲蛹(いよう)と3種類の蛹があります。裸蛹は翅や脚が体から離れていて、動くことができる蛹、囲蛹は脱皮した幼虫の皮の中で蛹になる蛹です。蝶は、被蛹という蛹で、脚や翅が上の写真にあるようにくっついてしまっている蛹になります。

蛹の色

アゲハチョウなどの蛹は、緑色の蛹と茶色の蛹があります。これは周囲の色に溶け込むためにといわれており、確かに枯枝には茶色の蛹、まだ緑色の葉っぱがついている枝などには緑色の蛹がついるのをよく見ます。

ある実験で、緑の草の上に緑色の蛹と茶色の蛹を、10匹ずつ置いてニワトリを放したところ、茶色い蛹は8匹、緑色の蛹は2匹食べられてしまいました。このことから、蛹の色は保護色として大いに役に立っていることが分かります。

ちなみに、違う色の蛹とはいえ、どちらの場合でも同じ蝶が出てきます。


▲同じような環境でも、緑色と茶色の蛹が。

何が蛹の色を決めるのか

蝶がどのようにして蛹の色を決めているか、例を見てを考えてみましょう。

<モンシロチョウの場合>
・赤い箱の中で灰色の蛹になった。
・黄色い箱の中では緑色になった。
・黒い箱の中では黒褐色になった。
・青い蓋のところで、緑色の蛹になった。
・幼虫の目にマネキュアを塗って、白い箱に入れたところ、黒褐色の蛹になった。

このことから、モンシロチョウの蛹は、目に見える明るさなどが蛹の色に影響しているものと考えられます。

<アゲハチョウの場合>
・まだ生きている茶色い枝で、緑色の蛹になった。
・まだ緑色の草の茎で、茶色い蛹になった。
・つるつるの針金では緑色の蛹になった。
・ざらざらの針金では、茶色い蛹になった。

アゲハチョウの場合、周りの色だけが決め手になっているわけではなさそうです。触った感触や匂いなども影響しているのではないかと思われています。

いつ色を決めるのか

蛹が何色になるかを決めるのは、前蛹の時と思われています。また、頭部よりホルモンが体内に放たれ、それに反応して茶色に変わると考えられています。

アゲハチョウの茶色い蛹は、前蛹から脱皮した時は緑色をしており、それから徐々に体が固まるにつれ茶色に変わっていきます。

ある実験でアゲハチョウが前蛹の時、体を糸で縛ってその影響を調べたところ、縛った場所から頭部までは茶色になり、それより腹部先端までは緑色になるという結果がでました。このことから、蛹の色はおそらく頭部より出るホルモンによって、決められるのだろうということが考えられます。

蛹の中で何が起こっているのか

体の中の大工事は幼虫から

蝶は、蛹という状態になってから、体を大構築しはじめているように思われますが、実は幼虫時代から成虫になるための工事はすでに始まっています。特に蛹になる1~2日前から急速に幼虫の中で変化が起こり始めています。

蛹を外側からよく観察してみると、すでに成虫の特徴を確認することができます。例えば、大きな目、翅、長い脚、長い触角など。これらは幼虫のときにある程度基礎が出来上がっていたので、幼虫から成虫に似た部位を持つ蛹がいきなり出てくるわけです。ただし、蛹で見えるからといって、それぞれの器官が完成しているわけではありません。本当の工事は蛹の時に行われます。

幼虫と成虫の主な違いを見てみましょう。

特徴 幼虫 成虫
6個、下を向く。
アゲハチョウの雄の場合18,200個、大きくどの方向も見える。
噛み砕く。
蜜を吸う。
触角
短い。
長く頭部から突き出る。
短く、しがみつく。
長く、歩くのには適さない。一部の蝶は新たな機能が。
ない。
飛ぶためにある。
消化器官
葉っぱを消化。
蜜などの液体を消化。
生殖器官
未成熟(使えない)。
成熟(使える)。
筋肉
あまり必要ない。
飛ぶために、強い筋肉が必要。

翅の芽がひっくり返る

蝶の翅は、幼虫の時から作られ始めています。それは翅の芽(め)とよばれ、中胸と後胸に一対ずつあり、体の内部に向かって袋を裏返したようになっています。これが裏かえって表に出てきます。

翅が裏かえるタイミングは種類によって差があり、モンシロチョウの場合は、5令幼虫の最後に羽が裏かえる事が観察されています。

表に出てきた翅は蛹の側面にくっつきますので、蛹を良く見ると、翅になる部分を観察することができます。ある研究で、(他の昆虫ですが)この時の細胞の数を観察した人がいます。その時の細胞の数の変化は次の通りだったとの報告があります。

状態 翅の細胞の数
終令幼虫 100程度
蛹になった直後 約38,000個
蛹が固まったころ 70,000個以上

幼虫の皮を脱いで、蛹になるまでの時間は数分です。これだけの時間で上のように細胞分裂が行われるのは驚異的なことです。

体の作り変え

基本的な成虫の体作りの準備が幼虫から始まっているとはいえ、本格的な体の作り変えは、やはり蛹の期間に行われます。特に筋肉はまったく違うつくりとなるため、一度筋肉は溶け、新しい筋肉へと作り変えられます。このため、蛹を解剖すると中がどろどろの状態で非常に判りにくい状態になっています。

最近蛹の中をCTスキャンで見ることができるようになりました。ここでは、ヒメアカタテハが蛹になってから中身がどのように変化しているかを見てみましょう。

これは、ロウ氏ら(Tristan Lowe et al, 2013)から許可を得て使わせていただいている、ヒメアカタテハの蛹の中をCTスキャンで写した画像です。ヒメアカタテハが蛹になった時、実はすでにほとんどの体の形は出来上がっています。画像の中の青い線は気管です。翅にどんどん広がっていくのが見えます。赤いのは中腸です。幼虫の時活躍していた消化器官が小さくなっていきます。後半になって現れるオレンジの器官はマルピーギ管です。そして、ちょっと見えにくいですが、腹部にある緑色の場所は、空気が入った隙間です。

なお、翅の翅脈(しみゃく)が蛹の中で変わるさまは蛹の外からでも観察できるので、いくつかの例があります。

ギフチョウの例

ここでは乾さんが「チョウの不思議」という本で書かれている、ギフチョウの蛹の中身の移り変わる様子を見てみましょう。なお、ギフチョウは春に成虫が出現し、卵から蛹まで春の間に成長し、蛹で越冬をする種類です。蛹の中の移り変わりは、蝶の種類によってタイミングが違ってきます。
5月下旬     蛹の中は脂肪のかたまりのよう。
9~12月下旬 翅がはっきりしてくる。鱗粉が見えてくる、ただし乳白色。
12~2月    休眠
3月上旬     体色がこくなる。
3月中旬     オスメスの区別がはっきりしてくる。
3月下旬     メスの卵ができ始める。翅に縞模様ができ始める。
4月上旬     鱗粉がはっきりしてくる。ほぼ完成。

さて、体を作るのが終わると、いよいよ羽化(うか)をする時がきます。 →羽化のページ


参考文献
牧林功. 1978. チョウの形態 同定のための基礎知識. 東京都. ニュー・サイエンス社
Lowe, T., Garwood, R. J., Simonsen, T. J., Bradley, R. S., & Withers, P. J. (2013). Metamorphosis revealed: time-lapse three-dimensional imaging inside a living chrysalis. Journal of the Royal Society Interface, 10(84), 20130304.

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