体液と心臓のページ
■小さな蝶でも体の中に心臓があり、血が流れています。動物とはちょっと違った仕組みを見てみましょう。
体液(たいえき)・血液(けつえき)
蝶も哺乳類(ほにゅうるい)などを含む脊椎動物(せきついどうぶつ)同様に、体はさまざまな細胞(さいぼう)が集まってできています。それぞれの細胞は各々の役割があります。例えば、筋肉細胞(きんにくさいぼう)は体を動かしたりする役目がありますし、神経細胞(しんけいさいぼう)は外部の情報などを次の神経細胞へ伝達する役割を持っています。それぞれの細胞はこういった役割に特殊化していて、自ら動いて栄養を摂取(せっしゅ)したり、酸素を取り込んだりすることができません。これは蝶だけでなく、そのほかの動物にもいえることです。
いくつかの細胞が集まっている動物を多細胞動物(たさいぼうどうぶつ)といいます。逆にひとつの細胞で動いたり、餌を摂取する動物は単細胞動物(たんさいぼうどうぶつ)といいます。単細胞動物で良く知られているものはアメーバやミドリムシなどがあります。
さて、多細胞動物の細胞たちはそれぞれの場所から動くことができないため、栄養や酸素を補給するために、なにかに頼る必要があります。人間の場合、これが「血」となるわけです。血は肺で酸素を、腸などで栄養を取り込み、その後体の隅々へ血管を通ってこれらを細胞たちの方へ送られます。血管を通って送られてきた酸素や栄養は最後に血管から組織液(そしきえき)に渡され、そこから組織液に浸っている各細胞へと届けられます。では、蝶を含む昆虫はどうなっているのでしょう?
体の細胞に栄養を送り届けるのに、昆虫は脊椎動物の血液(けつえき)とは違う特徴を持つ血液を利用します。ここのページではこれら脊椎動物の血液と区別する為、体液(たいえき)と呼びます。脊椎動物の血と違って、昆虫の体液は酸素を運ぶことができません。人間の血の成分の中で酸素を運ぶ役割を持っているのはヘモグロビンです。ヘモグロビンは酸素を含むと鮮やかな赤になり、細胞に酸素を渡して二酸化炭素を含むと赤黒くなる特徴があります。私たちの血が赤く見えるのはこのヘモグロビンが血に含まれるためです。昆虫の体液にはこのヘモグロビンがないため、赤くありません。昆虫の体液の色は幼虫が食べた植物の色素が中腸から入るため、無色か淡黄緑色をしています。(え?ではどうやって呼吸しているのかって?→呼吸のページ)
昆虫の体液は、主に栄養とホルモンを体中に運ぶ役割を持っています。体液は翅の中までも流れ、一部の生きている鱗粉(香鱗)にも栄養を届けます。
体液の中の固形成分は、次の5種類の血球(けっきゅう)が知られています。
原白血球(げんはっけっきゅう)は大きさが6~12ミクロンで、球形をしており、幼虫時代と蛹初期の体液に見つかります。原白血球は原始的な血球とされています。
プラズマ細胞(PLASMAさいぼう)は体に入ってきた異物(いぶつ)を退治する細胞です。異物は食べてしまうか、包み込みます。16~30ミクロンで紡錘形をしています。
顆粒細胞(かりゅうさいぼう)はプラズマ細胞同様、体に入ってきた異物(いぶつ)を退治する細胞です。小さな異物は単独で食べてしまいますが、大きな異物が入り込んだ場合はプラズマ細胞と一緒に異物を食べてしまいます。カイコでは老熟幼虫期や蛹の時期に小球細胞も食べてしまうことが知られています。
小球細胞(しょうきゅうさいぼう)は蝶やカブトムシなどの鞘翅目(しょうしもく)に見られる血球で、種類によってはこれがない種類もいます。8~20ミクロンほどで、幼虫と蛹の時には幼虫型小球細胞、成虫の時に成虫型小球細胞の2種類が確認されています。
エノシトイド(ENOCYTOID)は12~25ミクロンと血球としては大きい血球です。球型で脱皮の時に多く見られます。小さい小球細胞は原白血球との区別が難しいときがあります。
体液の循環(じゅんかん):心臓
脊椎動物たちは、心臓(しんぞう)を持ち、そこから押し出された血が血管を通って体の隅々まで酸素と栄養を届けます。心臓はポンプのような役割を持ち、血を常に体中に流し続ける役目を持っています。脊椎動物同様に、昆虫たちも体中に栄養を送り届けるのに体液を送り出す、ポンプの様なものがあります。つまり、構造は違いますが、蝶にも心臓があります。
蝶の心臓は基本的に胸部から腹部にかけて細長い管のようになっています。管の横には体液が入る弁(心門弁(しんもんべん))がついた門(心門(しんもん))がいくつかあり、そこから体液が吸い込まれる仕組みになっています。吸い込まれた体液は心臓の動きにより、大動脈(だいどうみゃく)経由蝶の前方、頭のほうに押し出されます。心臓の前方は単に開いているだけで、押し出された体液は細胞の隙間を流れて、やがてまた腹部の心臓へ戻ってきます。これは、血管や毛細血管を通して血を流す脊椎動物とは違った特徴です。私たちのような動物の心臓とは違うしくみのため、これらは背脈管(はいみゃくかん)とも呼ばれます。
体液の流れ、「循環(じゅんかん)」は幼虫と成虫では少し違うので、さらに詳しく見てみましょう。
◆幼虫の場合
幼虫の体の中の体液循環は、いたってシンプルなものです。背中に沿ってある心臓の心門から体液が吸い込まれ、前方に向かって押し出されます。押し出された体液は、体の隙間を通ってまた背脈管に戻ってきます。
幼虫の心臓と体液(血)の流れ
各節の心臓にある、小さな穴が心門
(Scott 1986より改図)
◆成虫の場合
成虫の場合、循環は少し複雑になっています。
蝶の成虫の体の中は腹部と胸部の間に体節間膜(たいせつかんまく)(下図A)という膜があり、体液が自由に胸部と腹部を流れるのを止めています。この膜の腹側のほうには弁があります(下図B)。蝶が腹部を縮めると、この弁が腹部隔膜(ふくぶかくまく)(下図C)を押さえて閉まり、体液は心門を通って背脈管経由、胸部に流れ込みます。この時体液は腹部に戻られないため、胸部の血圧(体液圧?)が上がり、体液は触角の先、翅の中まで押されます。
次に蝶が腹部を伸ばすと、体節間膜の下にある弁(B)が緩んで、腹部隔膜(C)の下に隙間が出来るようになり、そこを経由して体液が腹部へと流れ込む仕組みとなっています。
成虫の心臓と体液(血)の流れ
各節の心臓にある、小さな穴が心門。
A=体節間膜
B=体節間膜による弁
C=腹部隔膜
D=頭部にある膨らみ
(Scott 1986より改図)
Scott, James A.. 1986. The Butterflies of North America, a natural history and field guide. Stanford; Stanford University Press.