世界の昆虫に興味ある少年少女(?)であれば、一度は南米に生息するテナガカミキリを図鑑などで見たことがあるだろう。チリクワガタについでダーウィンにショックを与えたこの甲虫は、とてつもなく長い前脚をもっている。その長い手の用途が分からないものだから、ダーウィンは悩んだ末につけた「過剰進化」、ということで片付けられていたようだ。しかし、本当に神は彼らに役に立たない前脚を与えたのだろうか?何もかもが合理的にできている自然の創造物を見ていると、無駄なものなど無いのでは?、と思ってしまう。
そもそもこのように前脚が長い甲虫は結構多い。つまり、長い手は甲虫たちにとって、何らかのメリットがあるはずである。一部のカブトムシの仲間では、オス同士で争うときに頭の角ではなく、前脚で相手をなぎ払うものがいる。手が長いほど相手に届きやすいわけで、この場合、手が長くなるように自然の力が働く訳である。カミキリムシもオス同士で戦う事はなさそうであるが、何かに役に立ち、自然の力が働き長くなったはずである。この辺を色々と想像するのも、昆虫を見る楽しさのひとつでもある。
テナガカミキリの標本は意外と手に入りやすく、標本商のリストなどで見かけることができる。このカミキリムシを採集するには、幼虫が入っていそうな木を切り倒して部屋の片隅に暫く置いておくと簡単らしい。中から次々と成虫が羽化してくるので、それをひょいとつまんで、毒瓶に次々に放り込んでいくのである。やっと成虫になった瞬間に、悲劇的結末を迎えるテナガカミキリに思わず同情してしまう。もっとも、南米では鳥の仲間が同じように木の中にいるこのカミキリムシの音を探し、出てきた成虫を食べてしまうというから、全ては弱肉強食の摂理、と言うことなのかもしれない。
さて、長くて非常に邪魔そうな前脚だが、標本が送られてくるときは、小ぢんまりと前脚はたたまれてくる。あまりにもきれいに胴体にぴったりとくっつくので、最初は普通のカミキリムシに見える。お湯などでやわらかくしてから前脚を伸ばすと「おぉ〜!」、とあのテナガカミキリが現れるのである。蛹の時も、おそらくこのポーズで木の中にいて、抜け出すときは中脚と後脚でモゾモゾと這い出てくるのであろう。ぜひ羽化シーンを見てみたいものである。
このカミキリムシの醍醐味は、なんといってもその背中にある模様にある。現地のインディアンたちも、このデザインを彼らの装飾物に利用しているという。テナガカミキリの手が進化の過程で伸びたように、また何千万年、何億年後、彼らの背中の模様がさらにどのように進化するのか、想像してみるのも面白いかもしれない。