正式な和名なんてあるのであろうか?図鑑によってチリークワガタやコガシラクワガタなんて載っている。くわ馬鹿5月号ではチリーコガシラクワガタと紹介されている。因みにコーカサスTVの常連でもある、アメリカのP氏からはダーウィンの甲虫(Darwin's Beetle)ときた。やはりこういうときは万国共通の学名(Chiasognathus granti)で話を進めるべきであろう。でも私はドシロウトであり、自分勝手でもあるので、略して「チリクワ」と呼ぶことにした。なぜか親しみが湧いてくる。

英語圏で「ダーウィンの甲虫」の名があるのは、かの有名なチャールズ・ダーウィンがチリを訪れたとき、この甲虫をみて「過剰適応」という単語を使ったという話が残っているからだという。確かに、チリクワは顎が異様に発達しており、「やりすぎ」という感じはする。いったい、何故にあのような大顎が必要となったのか。

今回、残念ながらチリクワに会うことは出来なかったが、今回の最大の目的であったので、調べたことをここに残す。これは全てセルジオ氏から色々と教えてもらったものである。

<特徴>

まず、全体的にクワガタらしからぬクワガタなのだが、なんと言っても体が平たくないのは違和感がある。頭部は小さく、長い大顎が伸びている。大顎は根本の方で、上下二股に分かれており、上部の方は長く伸びて、先の方では湾曲しているが、下部の方は短くて鋭い。セルジオ氏の観察から(これはあくまでも想像の域を越えないのだが)長い方の顎は、オス同士の喧嘩に使われるのと、交尾の際にメスを押さえ込む使われ方があると思われる。交尾の時は、大顎はこの為に発達したのではないかと思われるほどメスをうまく押さえ込むのだそうだ。

一方短い方の顎は、テコの原理で非常にはさむ力が強い。短い方で挟まれたセルジオ氏の手は、切れて血が出たという。また、他のオスの大顎を折ることも可能で、野生では、何匹か大顎が折れている個体がいるという。

その他の特徴については、正直言って実物さえも持っていないので説明できない。2月〜3月頃に標本を送ってくれるとのことであったので、機会があればまた報告したい。(私が熱心に写真を撮っているのを見て同情したのか、出来れば生態写真も一緒に送ってくれるといっていた)。

<分布>

いったいチリクワは、熱帯の昆虫なのか、温帯の昆虫なのか。この疑問は現地に来るまでさっぱり解決されなかった。日本の図鑑には、「チリ」としか書いていない。これでは、いったい彼らがどのような環境に住んでいるのかは、さっぱり分からない。想像では北の亜熱帯のペルー国境近くと勝手に思いこんでいたが、実は彼らの分布は以外にも南の涼しい所であった。

彼らの分布は、今回私が訪れたVIII RegionからXI Regionである。分布は、ブナの仲間であるNothofaghus dombeyiiが発生している森に限られている。これは、幼虫がこの朽ち木しか食さないためと言われている。今回私が訪れた場所でも、チリクワは普通に発生しているそうだ。

Nothofaghus dombeyiiは北では標高の高い(といっても1,300m位から)場所に生息して、南に行くと発生している標高も落ちてくるという。このNothogaghus属の木は、チリ特産のブナの仲間でアルゼンチンでは見られない。

とにかくチリクワは、その木さえ発生していれば何処でも見られる普通種だという。今回私が訪れた環境から見ても、日本に似ているので温帯の昆虫と言うことになる。

因みにセルジオ氏のお薦めの場所は、南にあるバルディビア(Valdivia)の町の付近だ。ここは、個体数が多いとのこと。


Nothofaghus dombeyii。あまりにも大きすぎて、フレームに入りきらない。

<発生時期>

悪い予感は当たるもので、チリクワの発生時期はチリで言う真夏の2月〜3月ということだ。残念ながら、私が訪れた11月25日〜12月7日は、彼らの発生時期ではない。

発生時は短期間に集中して大量に発生するようだ。

発生サイクルについても、セルジオ氏はおもしろいパターンが見られると言う。彼の説明によると4年から5年のサイクルで大量発生したり、少なくなったりする。そのパターンは決まっており、2回大量発生した後は、1回少なくなる。例えば、1984年にチリクワは大発生した。そして1985〜87年は通常の発生量で1988年にまた大発生する。その後また正常に戻るが、1994年は激減。セルジオ氏の予想だと、今年、または来年は当たり年になるという。このメカニズムは、チリクワの生育期間の長さに関係があるのではと、セルジオ氏は見ている。ただ、このパターンはXI Regionでは観察されないとのことだ。

<生態>

彼らの成虫の寿命は、以外と短いようで3週間だとセルジオ氏は言う。短期間に大量に発生するセミのようで、シーズンさえ当てれば、一日で200匹採集することさえ可能だという。

チリクワは、昼間は木で樹液を吸ったり、交尾したり、喧嘩したりしている。そして、日没直後からいっせい飛び回る習性がある。この理由については、あまり分からないそうだが、しばらくすると昼間同様の生活を続けるようだ。24時間活動し続ける日本のビジネスマン顔負けのスタミナだ(これが寿命を短くしているのか?、日本のビジネスマンも考え直すときが来たか)。

性格は、非常に喧嘩っ早くしょっちゅう木の上で喧嘩をしているとのことだ。これは他のコガシラクワガタの仲間も同じ事がいえる。

<幼虫期>

チリクワはクワガタのであるからして、日本のクワガタと同じ様な幼虫期を過ごすと思われる。幼虫は、決まってN. dombeyii種に見られ、他のNothofaghus属の木からは発見されないそうだ。母虫は、森の地面に埋もれているN. dombeyiiの倒木の地面に埋もれた木の表面に産卵をするという。

孵化した幼虫は、木の表面をつたいながらどんどん潜っていき、最後は地中深くまで潜っていく。この為幼虫を採集するにはシャベルでかなり深くまで掘る必要があるので、私が幼虫を採ろうとセルジオ氏に言っても「そいつは大変だから、やめた方がいい」と言われてしまうのであった。

但し、この説明については、疑問がいくつかあるので正確な幼虫期では無いかもしれない。これを読んでいる方は、これはあくまでも参考までにしておき、「事実」にはしないでいただきたい。

また、幼虫期は4〜5年だという。大きな個体ほど時間がかかり、また、北に行くほど大きな個体が採集できる確率が上がるという。気候(特に湿度)によっては、蛹は羽化しないで1年待つことがあると言うが、これも確認したわけではない。


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